第4章:ティーチングとコーチングを使いわける教育とは?「教える」と「引き出す」を使い分ける教育者へ

いつもご覧いただきありがとうございます。
コーチングですべての中高生に選択肢を与える会社、合同会社ドドド代表の沖津です。
学習塾経営をしながら、全国の学習塾の講師や学校の教員の方々を対象に、コーチング研修をしています。
これからの教育には、コーチングだけでもティーチングだけでも対応できません。その両方を使い分けることが、個別最適化、状況最適化された教育です。その方法を紹介します。
この記事で分かること
・ティーチングの定義と必要とされるタイミング
・コーチングの定義と必要とされるタイミング
・ティーチングとコーチングの違い
・ティーチングを活用するタイミング
・ティーチングとコーチングを行き来する
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コーチングとは、相手から答えを引き出すコミュニケーションです。
ですが、生徒から
「先生、この問題の解き方が分かりません」
と質問されたとします。
このとき、
「どうやったら解けると思う?」
と質問を返すことは、本当にコーチングなのでしょうか。
あるいは、生徒が、
「どの高校を受験したらいいのか分かりません」
と相談してきたとき、
「自分ではどこがいいと思う?」
と聞き続ければ、生徒自身の答えを引き出せるのでしょうか。
コーチングを学び始めると、
「答えを教えてはいけない」
「なるべく質問しなければいけない」
という意識が強くなってしまうことがあります。
僕自身も、コーチングを学んだばかりの頃は、先生が答えを伝えることよりも、生徒自身に考えてもらうことの方が優れているように感じていました。
しかし、教育現場ではそう単純ではありません。
生徒には、答えを考えてもらった方がいい場面もあれば、先生が答えを教えた方がいい場面もあります。
僕たちの教育コーチングで大切にしているのは、ティーチングをなくすことではありません。
コーチングだけを上手に使いことでもありません。
「教える」と「引き出す」。
この2つを、生徒の特性や生徒の状況に合わせて使い分けることです。
ティーチングとは「先生の持っているものを渡すこと」

ティーチングでは、先生が持っている知識や経験を、生徒へ伝えます。
例えば、
「この英文法は、このように考えると分かりやすいよ」
「この高校の入試では、この教科の配点が高いよ」
「この問題は、この公式を使って解くよ」
「この勉強方法だと効率が悪いから、まず基礎問題から戻ろう」
いった関わりです。
一般的に勉強においては、先生が答えを知っていて、生徒が知らないことが多いです。
その差を埋めるために、先生から生徒へ情報を渡します。
教育では、当然必要なことです。
生徒が二次関数を一度も習ったことがないのに、
「二次関数の最大値はどうやって求めると思う?」
と質問し続けても、答えは出てきません。
知らないものは、考えても分からないからです。
ただ、一般的なコーチングでは
「答えを教えてるのはコーチングではない」
「答えは相手しか持っていない」
「答えを教えてた自主性が育たない」
と言われます。
しかし、教育コーチングにおいては、
「先生が教える=生徒の自主性を奪う」
ではありません。
それは、僕たち先生よりも生徒の方が、リソース(知識や経験など)が圧倒的に少ないためです。
生徒が自分で考えるたに、その材料を渡すことも、教育者の大切な仕事です。
コーチングとは「生徒の中にあるものを引き出すこと」

一方、コーチングでは、先生が答えを与えるのではなく、生徒自身に話してもらいます。
例えば、生徒が、
「最近、数学の勉強がうまくいっていません」
と話したとします。
先生から見れば、
「勉強時間が少ないからだ」
と思うかもしれません。
そこで、
「じゃあ毎日1時間数学をやろう」
と伝えることもできます。
これはティーチング的な関わりです。
一方で、
「自分では、何がうまくいっていないと思う?」
と聞いてみる。
すると、
「勉強時間は前よりも取れていると思うのですが、分からない問題があると止まってしまいます」
と返ってくることがあります。
その後、このような会話を続けます。
「止まったときは、いつもどうしている?」
「解説をずっと読んでます」
「それで解決できる?」
「できないことが多いです」
「じゃあ、次から変えられそうなことはある?」
「5分考えて分からなかったら、先生に質問するようにします」
「いいね、そうしたらいつでも質問待ってるからね」
この答えは、先生が与えたものではありません。
対話によって、生徒自身が自分の学習を振り返り、次の行動を言葉にしています。
生徒自身で考えることで頭の中が整理されます。
整理されたことを自分の言葉で発することで、生徒自身で気付きを生むことができます。
このように、自分自身の発言から気付きを得ることをオートクライン効果と言います。
コーチングでは、オートクライン効果をいかに発生させるかがとても多きなポイントです。
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ティーチングとコーチングは、どちらが優れているのか

ここで、
「結局、ティーチングとコーチングでは、どちらがいいの?」
と思う人もいるかもしれません。
僕は、この問い自体が少し違うと考えています。
包丁とフライパンのどちらが優れているかを比べても、あまり意味がありません。
用途が違うからです。
ティーチングとコーチングも同じです。
研修テキストでは、ティーチングとコーチングにはそれぞれメリットとデメリットがあり、
「それぞれのデメリットを、それぞれのメリットで補えること」が教育コーチングの優れている点だとしています。
例えば、ティーチングにより先生がすべて答えを教えれば、生徒は早く正しい方法を知ることができます。
しかし、何でも先生が答えを教え、やることを決め続ければ、
「先生、次は何をやればいいですか?」
と、先生に教えてもらわないと自走できない生徒になってしまいます。
逆に、コーチングによりすべてを生徒に考えさせれば、生徒自身で決める経験は増えます。
しかし、生徒に知識がなかったり、時間がなかったりする場面まで質問で引き出そうとすると、
「先生、答え知ってるなら教えてよ」
となってしまうかもしれません。
大切なのは、どちらか一方を選ぶことではありません。
目の前の生徒を見て、
「今はどちらが必要か」
を判断することです。
生徒から答えを求められたら、教える

ティーチングを使うべきタイミングは、「生徒から答えを求められたとき」です。
例えば、
「先生、この英単語ってどういう意味ですか?」
と聞かれたときに、
「何だと思う?」
と毎回答えていたら、生徒も困ってしまいます。
もちろん、考えれば分かる内容なら、
「前に似た単語をやったけど覚えてる?」
と少し考えてもらうこともできます。
しかし、生徒が知識そのものを求めているなら、必要な情報を渡した方が早いです。
もしくは、「辞書で調べて見な」と、答えを得る方法を教えてあげましょう。
教育コーチングは、質問の回数を増やす競技ではありません。
生徒の成長につながる関わりを選ぶことが目的です。
生徒が間違った方向へ進んでいるなら、教える

ティーチングを活用するべきもう1つのタイミングは、生徒が間違った方向へ進もうとしているときです。
例えば、生徒が、
「英語の偏差値を上げたいので、今日から難関大学の過去問を毎日解きます」
と言ったとします。
ところが、その生徒はまだ基礎的な英文法も定着していない。
このとき、
「いいね。自分で決めたんだからやってみよう」
で終わらせるのは、教育者として適切でしょうか。
本人の意思を尊重することと、間違った方法を放置することは違います。
今のその生徒の状況を伝えた上で、
「今の段階では、先に文法と基本的な英文解釈を固めた方がいいと思う」
と専門家として伝える。
必要なら、教材や順番も提案する。
そのうえで、
「じゃあ、この中だったらどの進め方ができそう?」
と再びコーチングへ戻ればいいのです。
先生である以上、生徒が持っていない知識や経験を提供する責任があります。
ティーチングにより、生徒が間違った道に進まないように新しい道を提示する。
ティーチングにより、その新しい道に進んだ上での選択肢を提示する。
コーチングにより、その選択肢からどれを選びたいかを引き出す。
という流れを作ることが、生徒がより成績向上に向かうことができ、自主性も育てることができる教育コーチングです。
「教える→問いかける→必要ならまた教える」でいい

実際の教育現場では、ティーチングとコーチングをきれいに分ける必要はありません。
僕は、1回の面談の中でも何度も行き来していいと考えています。
例えば、
「この前の模試、どうだった?」
「英語がかなり下がりました」
「そうか、英語が下がったのか。自分では原因は何だと思う?」
ここまではコーチングです。
「時間だと思います。長文が時間内に終わらなかったです」
「そうだったんだ。実際の試験も長文の配点が高いから、長文の時間配分は意識していこうか」
ここではティーチングで情報を渡しています。
「長文を速く解くために、次の模試までにできそうなことは何がある?」
ティーチングで情報を伝えた後、またコーチングへ戻ります。
「毎日1題は読みたいです」
「いいね。今の状況なら、まずこの問題集くらいの難易度が合っていると思うよ」
再びティーチングです。
「ありがとうございます。この問題集、やってみます。」
「じゃあ、それを週に何題くらい進められそう?」
またコーチングです。
このように、
教える。
問いかける。
教える。
問いかける。
を行き来していいのです。
むしろ、この行き来こそが教育コーチングの特徴だと僕は考えています。
「コーチであること」より「教育者であること」を優先する

コーチングを学んでいると、
「今の質問はコーチングになっているだろうか」
「答えを言ってしまったから、ティーチングになってしまった」
と、手法ばかりが気になることがあります。
でも、生徒からすれば、そんな分類は関係ありません。
欲しいのは、自分が目標へ近づくためのサポートです。
必要なときには教えてほしい。
でも、自分で考えられることまで全部決められたくはない。
困ったときには助けてほしい。
でも、いつまでも先生がいなければ動けない状態にもなりたくない。
その間を行き来しながら、生徒が少しずつ自分で考えられる範囲を広げていく。
それが、僕たちが考える教育コーチングです。
ティーチングか、コーチングか。
どちらか1つを極めればいいわけではありません。
先生が答えを持っていて、生徒に必要なら教える。
生徒の中に答えがあるなら、すぐに奪わず問いかける。
そして、昨日まで教える必要があったことを、今日は少し本人に考えてもらう。
その積み重ねによって、
「先生に教えてもらう生徒」
から、
「必要なときには先生の力を借りながら、自分で考えて進められる生徒」
へ変わっていきます。
ティーチングとコーチングを使い分ける目的は、先生が上手に指導するためだけではありません。
いつか生徒自身が、自分の目標に向かって自分で進めるようになるためです。
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