全て不合格だった浪人生が、本当にやりたいことを見つけるまで

いつもご覧いただきありがとうございます。
コーチングですべての中高生に選択肢を与える会社、合同会社ドドド代表の沖津です。
学習塾経営をしながら、全国の学習塾の講師や学校の教員の方々を対象に、コーチング研修をしています。
大学受験で全校不合格となった1人の浪人生との経験から、先生として「教えること」と、コーチとして「本人の意思を引き出すこと」の違いを考えます。

この記事で分かること
・コーチとして最悪の質問
・選択肢の広げ方
・選択肢の狭め方
・生徒の本音を引き出す、条件を変えた質問
・受験失敗から成功人生

生徒を志望校に合格させる。
成績を上げる。
勉強を継続させる。

学習塾で働く先生にとって、どれも大切な役割です。

先生は、生徒の目標を実現するために学習計画を立て、教材を選び、必要な知識を教えます。
ときには厳しい言葉をかけ、生徒が勉強から逃げないように支えることもあります。

しかし、生徒が口にしている目標は、本当に本人が望んでいるものなのでしょうか。

「大学には行くべきだ」
「できるだけ偏差値の高い学校を目指した方がよい」
「浪人したのだから、次こそ合格しなければならない」

こうした周囲の価値観を、生徒自身の目標だと思い込んでいることがあります。

先生が、その目標を疑わないまま全力で指導を続ければ、生徒を本人が望んでいない方向へ連れて行ってしまうかもしれません。

今まで僕は、15年の塾講師歴でたくさんの浪人生をサポートしてきました。

その中でも唯一、大学に送れなかった浪人生が1人だけいます。

その浪人生とのエピソードです。

目次

彼の名前は、ゆうたろう

彼の名前は、ゆうたろう。

僕の塾へ来たのは、浪人生活が始まって4か月ほどたった頃でした。

ゆうたろうは、高校3年生のときには大手予備校に通っており、大学受験に挑戦しました。
しかし、受験した大学に全落ち。浪人することになりました。

話を聞くと、ゆうたろうは、中学受験、高校受験、大学受験と、すべての受験を経験していました。

しかし、どの受験にも、本人の強い意思は全くと言っていいほどありませんでした。

中学受験では、行きたいわけではない公立中高一貫校を父親の強い意志により受験しましたが、不合格。
自宅の近くの公立中学に進学しました。

高校受験では、自分が本当に行きたい学校ではなく、中学の先生におすすめされた、合格できる可能性の高い私立高校を選びました。

高校では特進クラスに入り、高校1年生の頃から、繰り返し大学進学の話を聞かされていました。

「良い大学へ行くことが正しい」
「偏差値の高い大学へ行けば、将来の選択肢が広がる」

そんな言葉を聞き続けるうちに、ゆうたろう自身も、偏差値の高い大学へ行くことが当然だと思うようになっていました。

現役の時はもちろん、僕の元に来た時も気持ちは同じでした。

ただ、目標としている大学はあっても、なぜその大学に行きたいのかを聞くと、言葉が止まります。

「大学に入って何をしたい?」

そう聞いても、はっきりとした答えは出てきません。

目標はある。

けれど、その目標を達成したい理由がない。

今思えば、ゆうたろうが掲げていた目標は、本人の内側から生まれたものではなかったのだと思います。

それでも当時の僕は、ゆうたろうに大学受験での成功体験を与えたいと考えていました。

これまで、勉強や受験において、自分の努力が報われた経験をほとんど持っていなかったからです。

今度こそ合格という経験をしてほしい。

大学受験を通して、自分でもやればできると思ってほしい。

その一心で、必要な勉強を教え、学習計画を立て、受験まで指導を続けました。

しかし、結果は全校不合格でした。

「どうしよう」と泣きながら塾へ来た日

すべての受験と合格発表が終わった日。

ゆうたろうは、泣きながら僕のところへ来ました。

席に座っても、すぐには顔を上げませんでした。

しばらくして、小さな声で言いました。

「どうしよう」

僕は、何を言えばよいのか分かりませんでした。

ゆうたろうが全校不合格になることを、本人も僕も想像していませんでした。

励ます言葉も見つかりません。

「大丈夫」と言える状況でもありません。

落ち込みきったゆうたろうの姿を見ていることが苦しくなり、私は一度席を離れました。

外を向きながら、自分の気持ちを落ち着かせました。

先生である僕が取り乱してはいけない。

何かを言わなければいけない。

そう考え、ゆうたろうの前に戻りました。

そして、僕は質問しました。

「どうしたい?」

言った直後に、失敗したと思いました。

どうすればよいのか分からないから、ゆうたろうは僕のところへ来ています。

大学へ行くことだけを考え、2年間勉強してきました。

その道が突然途切れ、明日から何をすればよいかも分からない状態です。

そんな相手に、「どうしたい?」と聞いても答えられるはずがありません。

ゆうたろうは、うつむいたまま答えました。

「分からない」

当然の答えでした。

コーチングでは、相手に質問することが大切だと言われます。

しかし、質問であれば何でもよいわけではありません。

相手が考えられる状態なのか。
質問の範囲が広すぎないか。
今、その質問をすることが本当に相手のためになるのか。

質問する側が見極めなければ、相手をさらに追い詰めることがあります。

その日は無理に結論を出さず、これからどのような選択肢があるのかを調べ、翌日にもう一度話すことにしました。

先生として答えを出すのではなく、一緒に探す

翌日、僕たちはお互いに少し落ち着いた状態で話を始めました。

ゆうたろうが先に口を開きました。

ゆうたろうは、少し間を置いてから答えました。

この言葉を聞いて、もう一度受験を勧めることはできませんでした

先生として考えれば、再挑戦する方法を提示することもできたかもしれません。

しかし、このとき必要だったのは、僕が次の進路を決めることではありませんでした。

ゆうたろうが、これまで進んできた道を一度振り返り、ゆうたろう自身の気持ちを確かめることでした。

ゆうたろうは、続けて話しました。

すると、ゆうたろうは少し強い口調で答えました。

少し考えたあと、ゆうたろうの口から、これまで聞いたことのない言葉が出てきました。

大学名や偏差値ではなく、初めて本人の内側にある願いが見えました。

話を聞いていくと、ゆうたろうが求めているものが少しずつ分かってきました。

彼が本当に欲しかったのは、大学合格の証だけではありませんでした。

新しい人と出会うこと。
異なる価値観に触れること。
自分が知らない世界を経験すること。
それまでとは違う環境に身を置くこと。

この頃のゆうたろうは、来月の自分どころか、来週の自分が何をしているかさえ分からない状態でした。

それでも、少しずつ自分の言葉で、自分の人生を考え始めていました。

「実は、俺、留学してみたいんだよね」

翌日、もう一度話をしました。

ゆうたろうは、自分で調べた画面を見せてくれました。

数日前まで、「どうしよう」と泣いていた生徒が、自分で説明会を探し、申し込みまで済ませていました。

ただ、話を続けていると、気になることがありました。

ゆうたろうは新しい選択肢を探しているものの、まだ「大学へ行かなければならない」という考えに強く縛られているように見えました。

そこで、私は質問しました。

ゆうたろうは、すぐには答えませんでした。

視線を下に落とし、しばらく考えていました。

その沈黙のあと、小さな声で言いました。

今までの会話には、一度も出てこなかった選択肢でした。

口に出したことで、遠くにあった目標が、少し現実に近づいたのだと思います。

そのとき、ゆうたろうの表情が、少し変わったように見えました。

数日前の、すべてを失ったような表情ではありませんでした。

ゆうたろうは、少し笑って答えました。

この瞬間、ゆうたろうは、先生や親に与えられた目標ではなく、自分の内側から出てきた目標を、初めて自分の言葉で語りました。

父親に初めて認めてもらえたと感じた朝

次に会った朝、ゆうたろうは、これまでとは違う明るい声で話しかけてきました。

すると、ゆうたろうは少し照れながら、でも真剣な表情で話しました。

進路の選択肢が増えたことだけではありません。

ゆうたろうにとっては、自分で口にした希望を、父親が受け入れてくれたことが大きな出来事でした。

これまで誰かに決めてもらうことが多かった彼が、自分の希望を伝え、その選択を認めてもらったのです。

しかし、留学という目標が見つかっても、すぐに迷いが消えたわけではありませんでした。

行動できない生徒を見たとき、大人は「やる気がない」と考えてしまうことがあります。

しかし、ゆうたろうには、留学したい気持ちが十分にありました。

行動を止めていたのは、やる気の不足ではなく、経験したことのない海外生活への不安でした。

不安を「何となく怖い」のままにせず、英語と生活面に分ける。

どちらが大きいかを確認する。

その不安が減ったとき、目標への気持ちがどう変わるかを聞く。

そうすることで、次に必要な行動が見えてきました。

励ますことよりも、何が行動を止めているのかを一緒に探すことが必要だったのです

選択肢を広げたあと、本人が選べる形にする

留学経験者から実際の話を聞いたことで、ゆうたろうの不安はかなり小さくなりました。

そこで、今度は増えた選択肢を整理することにしました。

この会話では、僕が「留学へ行きなさい」と勧めたわけではありません。

反対に、安全だから通信課程にしなさいと決めたわけでもありません。

本人が比較できる状態をつくり、自分で選べるようにしただけです。

そう伝えると、ゆうたろうは笑いました。

目標は、一度決めたら絶対に変えてはいけないものではありません。

経験が増えれば、見える世界も変わります。

考え方が変わり、目指す方向が変わることもあります。

大切なのは、周囲が決めた目標を守り続けることではなく、その時々で、自分が納得できる選択をすることです。

そして、ゆうたろうはカナダへ向かった

その後、ゆうたろうはその年の5月に日本を離れ、カナダのバンクーバーへ向かいました。

約1年半の留学生活を送り、多くの経験を積んで日本へ帰ってきました。

帰国したゆうたろうには、新しい目標がありました。

「自分のチーズケーキカフェを開く」

大学受験で全校不合格になり、「どうしよう」と泣いていた頃のゆうたろうからは、想像できない目標でした。

2019年12月に帰国すると、その日のうちに東京都の三軒茶屋のチーズケーキカフェでアルバイトの面接を受けました。

「自分のカフェを開きたい」
「2020年中にポップアップを開催したい」

そうオーナーへ伝え、修行するつもりで働き始めました。

さらに、多くの社会人に会って話を聞き、自分の目標を言葉にして伝え続けました。

そして、紙に書きました。

「2020年に達成したいこと カフェを開く」

2020年7月、ゆうたろうは、渋谷センター街で期間限定のチーズケーキカフェをオープンしました。

帰国から、わずか7か月ほどの出来事でした。

先生としての失敗と、コーチとしての成功

大学受験という結果だけを見れば、僕はゆうたろうを合格させることができませんでした。

先生として、成功だったとは言えません。

もっとできることがあったのではないかという思いは、今でも残っています。

ただ、受験に失敗したあと、僕がすぐに次の正解を与えていたら、ゆうたろうは留学という目標を見つけられなかったかもしれません。

専門学校へ行くべきだ。
働いた方が良い。
もう1年浪人するべきだ。

先生や大人が答えを決めることは、簡単です。

しかし、それでは、これまで父親や学校に進路を決められてきた状況と変わりません。

必要だったのは、僕が人生の答えを教えることではありませんでした。

ゆうたろう自身が、自分の気持ちを言葉にし、自分の選択肢を見つけ、自分の意思で一歩を踏み出せるように支えることでした。

教育コーチングは、質問だけをして、生徒にすべてを任せることではありません。

知らない選択肢があれば、一緒に情報を探す。

不安が大きければ、何が怖いのかを整理する。

必要であれば、経験者につなぐ。

選択肢が多すぎれば、選びやすいように絞る。

そして最後に決めるのは、生徒本人です。

合格は、教育における大切な成果です。

しかし、生徒が自分の人生を自分で考え、選び、行動できるようになることも、同じくらい大切な成果ではないでしょうか。

先生として教えること。

コーチとして引き出すこと。

その両方を使い分けながら、生徒が自分の人生を歩き始める瞬間に寄り添う。

ゆうたろうとの経験は、教育者としての僕に、その大切さを教えてくれました。

今のゆうたろう

2020年の期間限定チーズケーキカフェオープンから5年後、
ゆうたろうは東京都の自由が丘にちゃんとカフェをオープンしました。

ゆうたろうのSNSはフォロワー2万人になりました。

日本橋の三越でポップアップに招待されました。

Yahoo!ニュースにも取り上げられました。

全国から出店の依頼が来るようになりました。




あの時大学に合格していたら・・・
あの時もう1度浪人していたら・・・
あの時留学せずに起業の道を進めていたら・・・

あの時に捨ててしまったたくさんの選択肢を、もし選んでいたら、絶対に今は違う人生を歩んでいると思います。

ですが今、ゆうたろうはあの時の後悔は一切なく、
あの時があったから今こうしていられると常々言っています。

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この記事を書いた人

沖津 亮佑のアバター 沖津 亮佑 合同会社ドドド 代表

合同会社ドドド代表 | 教育者・親・高校生にコーチングを提供 | 水戸市 大学受験専門塾 | オンライン 薬学部受験専門塾 | 全国の学習塾・学校でコーチング研修実施 | フォローすると、地域最強の塾経営者になれます

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